ふるさとの絶景はしあわせ

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5月4日、GWは自宅周辺で、ほんとに家でこもって散歩するしかない日、びわ湖の湖周道路沿いの18時ころの風景、この日は風がなかったからこんな風景、ここからは絶景といつも思う、北風があれば、写真の向こうが北側、日本海側で石狩平野以外では一番低い山地を抜けた強い北風がドカンと来るのを受け止めながら、その風で生まれた波が打ち寄せてくるの音を聞くというより感じながらみるこの風景も絶景。少し南に夕陽100選のところがあるが、風景がちっさい、風景が一緒、こっちのほうが大きい、いろんな表情がある、こっちのほうが好き。

実はここ、いわゆる合併するまでの町の境付近、近くの村は20軒程度、だからなにもPRはしてない、昔の町のほうが大きな村優先がひどかったから、いまでいう都会人が田舎者を普通にいじめといて、このコロナで逆に嫌がらせされたら連帯感とか正義感とか連呼してまたいじめ返すのと同じ感覚があって、いくらきれいでもPRされんかっただけ。だから車を止めるところはない、歩いて、レンタサイクルでお越しください。楽しいです。これホント。夕暮れでなくても楽しめます。

この写真は湖岸道路の歩道から、この風景に向き合うとまるでステージに立っているようです。月夜にジョギングも良いです。冬になると水鳥がジョギングに気づいて飛び立ちます。これも凄い風景です。

さて、自分なりにこの騒ぎの整理を。言いたいことは、まず示されたマスクなりの今後の対処法は整理はしてあるものの、最初から言われているものと変わらないと、最初から言っているのはいわゆる防疫の手法で、例えば(自分は競馬が好きなのでこうなるけれど)南半球に競争馬持っていた時に、北半球にしかないウイルス類などを持ち込む、逆に南半球にしかないものが入り込んでしまうことを防ぐためにやっている方法とか、鳥インフルとかだって、結局報道陣の無節操な取材でインフルが主に靴だけれど持ち運ばれた事実とかでやっている防護服の方法とか、理屈や数値じゃなく、経験則で、大げさになるかもしれないけれど、あてはめたらこれが一番いいんでこれだっていうことをやってる、これで間違いないだろうっていう方法を積み重ねてる、論理的、数値的なもので無駄は省いていない、理由は確実に防ぎたいから、そこでやっているのを持ってきてあてはめてるだけ、だから違和感はあるし、なんだこれっていう人もいるけれど、それは間違いってことを覚悟しないといけない、覚悟できない人の意見はいらない。だって仕方がないもの。(身を守るって言われていることは防疫の観点もあるから守る。死亡率、検査率なんかは医療の状態、コロナでない重傷者が普段助かっている状態にさえあればいいはずのために活用されればいいので自分たちには。。)

いわば、身をも守る方法は、まだホントは手立てが何もない何もできていない状態は約4か月たったけれど変わっていないことを認めないといけない状態であること。なのでこれに対して自分はこう思うとかいう議論すればよいとかそれによって何かが生まれるはずだとかのスタンスはほとんど不要であること、いわれた通り決まった通りすればよいと、それしか生き残るにはないというか、そうしないと生き残れなかった事実、歴史があるのでそれを否定するのは絶対ダメだと。

ユーチューブとか見ていて得た情報だけれど、人から人のほかに、モノから人が直接的と間接的に確率高く起こっているということは自分なりに事実と思って行動しようとは思っていると。そうでないと例えば広島や堺など地下鉄のない大都市ではあまり感染例がなく、地下鉄はいわば人が乗るから作ったんで(それで地下なので駅も車両内も密集しているし多くの人が触るものが多いしそこでスマホ出して密集に輪をかけている奴もいるし、それに駅の空調も古いし、ニューヨークの蔓延の原因の一つと言われてるし)東京をはじめ地下鉄のある都市(一番車両内や駅が狭いのはロンドンだと思うけれど)がそれなりに感染が収まらない理由にならんかなと。(一応ですが田舎なんでモノから人へを防ぐために、家に入る前の庭で靴裏を流水で洗う、買い物、郵便、宅配は除菌ティッシュで拭いてから持ち込む、外で着た服は生活スペースでない玄関近くで脱いで出来るだけ洗濯、この行為の後に手洗いくらいは実行しています。)

そんなこんなで無性に絶景を眺めたくなるわけで。文句言っても絶景は絶景なんでそれがねホッとするとこ。

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