「50年フォークソングを歌ってきたら今日は」高石ともや年忘れコンサートから今日まで

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12月29日、SD対策の関係で昼と夕方の2回公演になった年忘れコンサート、2回とも行きました。結局、毎年のように会場のサンケイホールのあるブリーゼタワーの空いているベンチでパンで軽食し、休憩なしの公演に2回行ったと。昼の部の方が緊張感があって、少し夕方はゆっくりになって、両方同じくらい楽しくて、両方で良かったって、歌えなかったけれど、歌うと恥ずかしい時には、口パクで歌ってきたから、マスクの下で軽く、口を動かす程度でも高石さんの歌は歌であり、あまり違和感はなかったと。ただ、多分その時点で大阪だったら150人に一人は確実に無症状者がいて、歩いている人の中に、その人が例えば飛ばした飛沫を拾ってしまうことが半日も街を歩けば複数回ある中で、すぐにはブログというわけにはと。

2020年、パンデミックの中で都会や都会人への憧れがすべてと言っていいほど消えました。誰かが緩めていると、まるで誰かが取り締まっていて捕まると罰則をもらうけれどここは大丈夫だって感じで緩めてしまう。だって「やってる人がいる」「みんなやってる」ってすぐに自分を捨ててしまって、他の性にしてとっとと楽な方を選んで、それで大人数になったら、さもそれが普通のように普通に対策してる人を馬鹿にしてくる。マスコミも含めて、常に自分の判断は正しいと思ってる。だからホントに正しいことを否定ししまうと、そこから間違いしか選べなくなる。そいつらに問いかけるとなぜか何を言っても自分は理解できるって誤解して理由を求めてくるけれど、自分たちがわかる理由しか正しいと思えなくなっているだけだから迷走するし周りも一緒に迷走する。それが全く分かっていないまま生活してる。正しい方に立とうとし過ぎているというか。できない時もあるんです。実は。それをわかっていない気がずっとしていたんだけれど。想像を絶するくらいわかってなかった。これが今回わかった。自分の直感は凄い精度で正しかった。

なんだろって。田舎者で良かったって。消費することだけが人生で、それでよくしてもらうのが人生の人と、違う人生というか、フォークソング好きでよかったと、流行っている歌で凄く素晴らしい歌は多くの人に感激も涙も決められたサビのところで出させるけれど、高石さんをはじめて出会ってきたフォークソングは、場面とか年齢とかその時の気持ちとかで、感じるところは違って聞くたびに感激するところ涙が出るところが変わっているし、言葉が流行り歌よりいつも大きく重く心の中まで響いてきて、だから一人だけ泣いてしまうことも多いけれど、それの方が良いって。今年は余計に思えたと。自分が確かに今に生きてるってフォークソングを歌って確認できたから。

アマゾンのプライムで見られる「砂の器」、面白くて以前何度も見たのに見ていると賑やかな酒場のシーンで、昔は酒場はそうだったと思いだせてくれて、今のSD対策している状態よりもはるかに間隔があってそれで儲かってた。それが無理して儲けるために机を小さくしたりしてより多くの人を入れて、そんな店ばかり、そんな企画する人ができる人になって、来る人も「みんなやってる」で何も思わなくなって、でも無理なのは当り前で、SD対策しても狭すぎるから、対策しても密集している結果になって感染元になってる。なんでそれがというか、まだ随分狭いっていうのがわからんのかというか、正常な状態を無視していつまでもアコギに儲けることを商売のすべてと言って改善されないのかって自分は思っていて。だってパリの大通りだって、もう何百年も前に、ペストを運ぶネズミが渡れない幅で大通りを作って街を改造したりしたんで、ナポレオンが偉かったからできたんじゃなくって、ネズミが今のパリを作ったんで。そんなことわかってるのに。感染症が流行ったら変える挑戦してみるのが歴史では当たり前なんで、今がその時で転換するのは当り前で、なんでその覚悟がないんだろって、死ぬ気でやってるんじゃないのかって。田舎の外野から思うというか。まだ居酒屋チェーンが本格的に展開して40年もたっていないし、机とか狭くしだしてから20年もたっていないのにそれを永遠にできないだろって。(政府がお金刷りまくったからの流れの中で運が良かっただけなのを偉そうな理論にすり替えただけで今から思うとアホな都会ではそれが正しいとして俺は起業家だって言ってるのが流行っただけで、)一時の思い込みにすぎなんだって、無理して儲かるのを夢と言っていたのを恥ずかしいと思うべきなんだって、ほかの業種、企業も、結局お金の夢もこれと変わらないって。そういう夢が周りになかった時代から50年フォークを歌っていると感覚的に思うんだけれど。

大統領選挙、話題にしているわかった風の都会の若者たち、語っている言葉を聞くとなんとなくだけれど民主主義も自由も与えられたもので、制度でしかないと思っている場面に何度か出くわして。笠木さんのフォークソングにあるように、守って育てていくもので、そうしないとすぐに壊れてしまって独裁者が現れるって歌っていたり語っていたりした場面に何度も出会ったけれど。それを誰も思っていないのがすごく気になって、こんな都会のやつ相手にしていたってと、また何かを口パクも含めて歌ったりしていった方がまともなだと思ったりして。

21年、今年は東京だけど、宵々山のTシャツを着てコンサートに行けそう。マスクはしなければならないけれど。それが朗報。


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