テーマ:高石ともや

「50年フォークソングを歌ってきたら今日は」高石ともや年忘れコンサートから今日まで

12月29日、SD対策の関係で昼と夕方の2回公演になった年忘れコンサート、2回とも行きました。結局、毎年のように会場のサンケイホールのあるブリーゼタワーの空いているベンチでパンで軽食し、休憩なしの公演に2回行ったと。昼の部の方が緊張感があって、少し夕方はゆっくりになって、両方同じくらい楽しくて、両方で良かったって、歌えなかったけれど…
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「あこがれはおぼえること、おぼえていること」高石ともや年忘れコンサート2018より

2019年1月三連休になって、今日も今日とて競馬に行こうと近鉄に乗り込んだら、朱色でなく、ベージュ色の車両の近鉄電車のつり革が、それぞれいろんな長さになっていて、あーこれか!永さんが宵々山とかで言ってた、京都の地下鉄はいろんな人の体形や障害など事情に合わせるためにつり革の長さが変えてあるってと思って、銀色の京都地下鉄の車両に乗っても…
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「プロムス、指揮者セミナー、フォークソング」の夏便り(ムジカエテルナなど)

(ロイヤルアルバートホールです。左側がハイドパークで、パーク側が正面らしいと) 7月29日ロイヤルアルバートホールへ。去年から主にロンドンからの競馬観戦の旅を続けており、その合間に、宿泊地がグロスターロードで、プロムス会場のハイドパーク近くのロイヤルアルバートホールまで歩いて1キロほどなので、チケットをサイトで買って、決済するとチケッ…
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「口笛で歌うならフォークソングを」高石ともや年忘れコンサートから始まった2018年

あいもかわらず、12月29日はサンケイホール年忘れコンサート、休憩で飲んだギネスビールの旨かったこと。。普段通り、いつもの年忘れコンサートだったけれど。それなりに体も温まったし。歌って帰れるのは何よりの楽しみだしで。 毎年会場で売られているカレンダーを買ったんでコンサート後のサインの列に並んでいてふと思ったことは、そういやクラ…
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「40年目のソングブックのために」高石ともや51周年コンサート

(高石さんの出身校、立教大学の野球部全国選手権優勝のことで、開演前の永さんバリのお話がありました。) たしか、107ソングブックを買おうとして、母親に郵便局から書留か定額小為替か忘れたけれど送ってもらおうとしたら、郵便局の人から「七人の会」なんて、七人の侍みたいで、なんか怖いというか大丈夫なんんか言われたって言っていたのが41…
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「幸あれと歌えばだれかを思い出すしあわせここにあり」高石ともや年忘れコンサートから1か月

今年は12月22日の年忘れコンサート。一部にボブディランの曲を集めたコンサートはいつもよりなんだか充実していました。 高石さん50年目、私たしかKBSのズバリクで高石さんの音楽を聞き始めて40年目の冬、長くたったもんです。生きているのが奇跡と思える時もあるなぁあ。。。 永さんを送る会で歌われた歌がアンコールで、少し言葉を永さ…
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「人は去り時は流れかなしくてかなしくて」大往生一座10月26日(永六輔さんを送る会)

コンサートの始まる前にもらったハガキで永さんに書いた。歌が好きな両親をよろしくって。お前の息子は変な奴で宵々山の最前列ばっかり座ってたって笑いながら言ってほしいって、よろしくって。ここまで書いたら涙が落ちそうになったから、上を向いたけれど涙は止まらんかったなぁ。。 高石さん、良い歌、新しい歌、命がこもっている歌ありがとう。
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「歌うこと伝えること語り継いでまた人は歌い始める」高石ともやコンサート(静岡文化芸術大学)

7月23日、コンサート告知につられて、静岡文化芸術大学で開催されたコンサートへ。。フォークソングの時代に何があったのかをテーマにコンサート。 最初はともやさんがフォークソングの時代に説明をいれながら、そうなると限られた時間に、アメリカから来たフォークソング、それからその時代の新宿西口とかの社会現象とのからみ、自分がそのころ何を…
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「つぶやいて言葉にして歌ってみて繰り返す私たちのために」高石ともや年忘れコンサート

12月29日サンケイホールでの高石さんの年忘れコンサート。。関係者の方もみんな変わりなく元気だったコンサート。それにしてもオシャレなブリーゼタワーに、この平均年齢65歳くらいの地味な服装のエスカレーターの列は毎年のことだけれど異様ではあると。それも変わりがないけれど。 僕の一年は平凡なものだったと。。何にもせんかった。念願…
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「宵宵宵からアカデミックまで旅ゆけば歴史は生きる分生まれる」よいよいよい祭ファイナル(8月30日)

「私の歴史は始まったばかり」と「戦争を知らない子供たち83」を歌い、涙ぐんでいる高石さんをみていると、生きているうちは何度でも歴史を始めてもいいんだよなって思った。高石さんにとっては特別な日というか。30年続いたびわ湖ジョギングコンサートが終わった日、終わった会場から駆け付けた日、そして駆け付けた宵々山から引き継いだ形で始まって続い…
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「小さくてもいい独立したくに。私はいまもフォークソング」高石ともや年忘れコンサートからもう一月

(2015年1月坂下駅にて) 12月29日、去年大雪で行けなかったサンケイホールの年忘れコンサートへ。22日笠木さんが亡くなって。。 その部分では高石さんも整理しきれていないというか、実感がないというか、自分だって10月に大声で歌っていた人がまさかその2か月後にと思うと。 アメリカの歌、ヨーロッパの思想、たしかに今では重す…
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「いま歌える生きている歌あり、だからしあわせ」第4回ナターシャーセブン(4月26日エル大阪)

今回の高石ともや、城田じゅんじ2人会は、フォークソングをテーマに趣旨の107ソングブックとは離れた感じの会だった。ピートシーガーさん、こういう音楽の第一人者の一人がなくなっては触れるわけにいかず、触れればそれは1回分のコンサートになってしまうのも当然の流れであり仕方がないというかそのほうが自然ではあったけれど。毎回のように歌詞カ…
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「鉛筆書きの秋はブルーグラスで」ナターシャセブン「バンジョーに憧れたあの頃」(9月14日円山音楽堂)

(9月に円山音楽堂に来るのは初めてでした。)中学の頃、ラジオでナターシャセブンを知って夢中になり、それからギターをはじめ、高校に入ってブルーグラスミュージックだ、さぁ花形のバンジョーだと思っていたら、超上手いやつがいて、この第3回のもとになったバンジョーの教則を含むアルバムが出る前から、フォギーマウンテンブレイクダウンをはじめほとん…
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「友よ、いま歌ってますか。」よいよいよい祭vol2(大阪サンケイホール2013年6月23日)

今回で2回目になった宵々山コンサートを受け継いだ形でのコンサート、昼、夜2回あって、暇なんでというかなんとなく今落ち着いている状態なんで2回とも見てきました。昼の部は、夜の部が迫っていることもあり時間に縛られているのが逆効果というか、話が長くなるのが当たり前のメンバーというか、司会の北山修さんをはじめ、話している相手には絶対話では負…
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「セブンスイニングストレッチをご一緒に」4月27日ナターシャーセブン、チャプター2

(ジャケット見ただけで歌が聞こえてくるんだから) 今回が2回目の「ナターシャーセブン107ソングブック」を振り返るシリーズ。場所は北浜のエルシアターで1回目に続いて、1回目来ている人が多いせいか、とにかくたどり着くのが目的だった前回とは違い、どこに何があるかわかった余裕からか、会場前のコンビニは前回と比べ異様な混雑と高齢化率。。こ…
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「夢を見て歌がある、口ずさんで誰かが虹の夢を見る」高石ともや年忘れコンサート(12月29日)

チケットを捜し始めて2時間、12時30分に見つかって、一息つこうとしたら、16時開演とあり、そうか今日は土曜だったかと。あわててまるでそこからは道があるように電車に乗り、2時間ゆられて、無事サンケイホールへ。。 コンサートは、8月に手術明けに高石さんがびわ湖ジョギングコンサートにくるもんだから、聞きに行くついでに3㌔コース…
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「雑感ながらレットミートライアゲン!」ナターシャセブンレヴュー9月17日北浜エルシアター

(今回は、その1としてカーターファミリーの曲でナターシャが取り上げた全曲を中心の演奏会でした。) 早々と満員になったのには定員が600人ほどだとしても驚いた、8月のジョギングコンサートの時にチケットを売り歩いていたくらいだから、余っているのかなと思っていたので。。。なにしろ企画が35年前に出したソングブックを会を分けてこれから演奏…
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「僕たちは30年も新しかったのか。」よいよいよい祭(高石ともや、北山修他)大阪サンケイホール6月2日

やっと母が安定してきて、起きあがり、立ち上がり位できるようになり、くわえて田舎なもので、鍵もしてない我が家には、知り合いの何人もが出入りしては、朝の5時からみそ汁はつくるは、掃除はするは、トイレの世話以外はやってくれる状態になったので、3月に買っておいたチケットが甦ってなんとかサンケイホールへ。野外自由席で朝並んで、周りをブラブラし…
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「さまよい苦いなら笑っていよう、悲しい人がわかるように」高石ともや年忘れコンサート2011

震災から今日が一番遠い日なんだと。なんとなく、歌を聴いていて思いました。 いつも聞いている歌、いつも通ってる高石さんのコンサート、今日は、その自分の歴史を振り返ってしまって。 ゲストのなぎらさんの歌にも涙、「フォークシンガー」って、なぎらさんの歌を聴いたのは、確か15年位前のの彼がゲストででた宵々山コンサートの少し前のBSだ…
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「ともやさんは不世出のフォークシンガー」第30回宵々山コンサート外記

昨年秋に人差し指を挟み込み、ちぎれはしなかったけれど、しこたま潰れてしまい、スリーフィンガーでギターが弾けなくて、30年ぶりにそれならとマンドリンを弾き出してやっと弾けた程度で7月9日円山音楽堂での「ナターシャセブンを歌おう」企画でステージの上に,大勢上がったのに紛れて立ってしまいました。 (一応7月1日から祇園さんははじまっ…
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「キスをおくる。。。」第30回宵々山コンサート「ありがとう円山音楽堂」7月10日

(夢の中の夢の中の夢は目の前の現実でしょうか。。。。) 10日間続いた宵々山コンサートのシリーズも本編の円山音楽堂の30回目のコンサートで終了。音楽堂でのこの季節のコンサートはこれで終わりになり、ここまでのシリーズの中の小さい会の発展系が開催される可能性はあるとの始まりが言われて、蝉の声が聞こえるとかどうとかに関心が行かないほどの…
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「旅人のこころ」第30回宵々山コンサート「カフェ進々堂DJ永六輔」

ここが歴史のある喫茶店だからと言うわけでなくても、永さんのこの日の言葉でもないけれど、喫茶店にくるのも一種の旅であったかと、時間が過ぎて思ったりして。 この場所に若いときからから通っていた話から派生してつきあいのあった人の話になって、思い出しては涙する姿が何度もあったけれど、まだまだ永さん本人は立って歩けるし元気そのもので、少…
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「夏も人も音も楽しい夜だから」第30回宵々山コンサート「アイリッシュと密談の夜」黒谷・永運院

畳の上でのアイリッシュ音楽、何故かとっても自然に聞けました。音は悪いけれど、音楽になってしまうところが、アイリッシュ音楽の凄いところ、チーフタンズは凄いけれど、原点みたいなものは、ここにもあって、梅雨の中休みのサッパリした空気の中で聞けて本当に心地よかった。 もう一つのメインの佐高さんの最新の著書をベースにしたまさに密談の夜な…
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「涙がでるからラブソング」第30回宵々山コンサート「最終章の序」7月3日ファンジェイホール

(40年経つとかたちはすっかり崩れるけれど、みんな力強くて弱くて格好良くてオッサンなのが素晴らしい。) 「あいしていたのにあなたはきえた。しんじていたのになぜかわからない。」ここがくると3年前から涙がでるようになったのです。そして今日のアンコールの「私に人生といえるものがあるなら」もまたそうでした。なんかステージの上もようみえんか…
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「遠い祭囃子に自分もいればいいな。」高石ともや年忘れコンサート10年12月29日サンケイH

横でなんだか携帯のメールをやりまくる人がいて全く集中できなかったコンサートだったけれど、損した気分はあるけれど、怒る気にはならなかったな。。。20年近く前にこのコンサートに久しぶりにいったら、とにかく高石さんは歌にやる気が無くなっているのがヒシヒシ伝わってきて、歌を辞めるるんじゃないかって思ってゾッとしながら聞いていたことを思えば、…
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「くれぐれもお大事にと声かける人のために」年忘れコンサート09高石ともや12月29日サンケイホール

帰りに電車に乗って周りに何人かこのコンサート帰りの人がいました。いつもの年はコンサートで熱くなった体の熱というか、その感激が変わらない同じ色を持っているように感じて。。コンサートで貰ったチラシを引っ張り出したりして、言葉は交わすわけでもないけれど、同じ空気を感じてたんだって。。何かつながりたくてチラシを目立つように読んだりします。で…
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宵々山コンサート外記円山公園音楽堂周辺

(今年、この門の手前にトイレが) (前年まで) 円山音楽堂で名物の行列にならぶと待ってる間が長いのでトイレに行かなければ。。。トイレは400mはなれた知恩院の前の公衆トイレか知恩院の和順会館ですましていましたが、なんとこのトイレに15歳の時から通算で30年以上通ったことになるとは。。。特に和順会館は、宵々山が再開してから16年は…
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「鈴ふって振り返る真っ直ぐなみち」7月12日第29回宵々山コンサート最終回、京都円山公園音楽堂

(音楽堂の緑、見納めでしょうか。。) 「京都、宵々山コンサート、まもなく。。。。」音楽堂を囲む列にふれまわっていたなぜだかコンサートが近づくと思い出していた三宅さんの声は今年はもうありませんでした。私たちには世話方の偉いさんでしたが、コンサートが事実上消滅していた80年後半から再開するまで、いつ開催されても良いように会場料を払い続…
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「観る音たのし音楽会」清水寺奉納檜舞台、高石ともやコンサート3月28日

清水さんの舞台で聞くフォークソングは格別でした。 西国三十三カ所1000年ということで、(詳しくは違うらしいが)西国の札所では、一斉に秘仏が開帳されたりしています。清水さんでは、33年に一度しか開帳されないご本尊の観音様のご開帳とそれにあわせて、舞台で歌を奉納しようと言う奉納檜舞台が夜間のご開帳とライトアップガ始まった3月28日から始…
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「新しい船を動かすには古い水夫の新しい歌が」高石ともや年忘れコンサート、サンケイホールブリーゼ

サンケイホールが新しくなってサンケイホールブリーゼとなって、白を基調としたブリーゼタワーの中に帰ってきました。年忘れコンサート自体は続いていたのですが会場がサンケイホールでなくなってしまい、学生時代に映画も音楽も演劇も笑いもサンケイホールですませていた私にとってはなんだか大阪でやっているのに遠くにいってしまった感があり行きませんでしたが…
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